センパラ、

1974年6月25日淡水魚として
はじめて天然記念物とされた。

イタセンパラの和名
濃尾平野における地方名
板のように平たい体形で、
色鮮やかな腹部をもつ魚
濃尾平野のセンパラまたは
センパ・センペラは本種を含む
タナゴ類 混称で、
びた銭に見える
由来とする説も

その昔、センパラは
小川や野池に多く見られ
網を入れると
また、センパラか
というほど生息していた、
水槽に入れるとその鱗の鮮やかな
銀色が、素早い動きに
兼ねるように光その様は、
熱帯魚的な
存在感があった。

1950-60年代
生息地
河川のワンドやタマリ・
岸辺の湿地帯・
ため池が、
河川改修や圃場整備の、
高度経済成長期の開発によって消滅

都市化生活・
工業排水水質汚濁
河川用水路への農薬流出
産卵床となる二枚貝類は減少
絶滅し、
本種が生息可能な水域は著しく狭められ個体数が激減
富山平野、
放生津潟が富山新港として開発
海水が流入し周辺水路も護岸化され1958年を最後に生息確認例皆無

淀川では水質汚濁が著しく
1960年代初頭を最後に生息確認
されていない。

富山平野と淀川からは絶滅した

濃尾平野では木曽川水系下流域の一部で生息確認
生息域・個体数とも減少が続いた
1950年頃
大垣市付近の水路やため池に
多数生息していたが、
タイリクバラタナゴ増殖の影響を受け次第に姿を消していった

小川にセリが生えて流れる
水流に揺れる青い藻
川底を手で素早い押すと
砂利が、流されて
シジミが多く獲れたそんな時代
淡水に二枚貝には、自然に核が真珠化したもの
石亀、草亀
布袋葵の群生があった

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